三浦ブログ

やばいぞやばいぞ

四天宝寺ホラーナイト7

「えっと…」

千歳は視線を彷徨わせた。

ショックで言葉が出ない。そんなことが大昔、ここであったなんて。

半信半疑で長老の顔を見るが、長老の顔はいたって真面目だった。

「本当の話だよ。…むごい話だ」

「そら、なんというか、気の利いた感想ば浮かばんが…

 なんで、そげんこつを俺に?」

長老は石を拾うと、池にぽちゃん、と落とした。

鯉がその場から一斉に逃げて行った。

「この悪鬼こそが今町を騒がしている犯人さ」

 

「は…?じっ様、それは昔の話で…、それに、」

「伝記に描かれてある悪鬼はどれも人に近い姿をしていて、

 その特徴は吸血鬼に通じるものがあった。」

特徴?と訝しむ千歳を爺様はちらり、と見てまた目線を

池の鯉に移した。

「首に蚊にさされたような跡があったろう?」

「あぁ、でもあれは血を抜かれた訳や…」

「間狩神は、血を吸わない。間狩神は…獲物に印をつけるのさ。

 見失わないように。」

千歳は息を飲んだ。

「イカれた人間が吸血鬼に見せかけて起こした事件なのかもしれない。

 もしかしたら間狩神の信者の仕業かもしれない。

 だが、歴史を知る儂らは怯えているよ。間狩神の再来だって。」

千歳はここですっかり外が暗くなっていることに気付いた。

「まるで神隠したい」

「?何がだい?」

「被害者は神隠しにでもあったみたいだ。そう謙也が言ってたのを

 思い出したと。」

神隠し、ね。長老は反芻した。千歳は長老に向き直った。

「じっさま、その牢屋って今もあると?」

 

 

「…ある」

だが、どうするつもりだ。

長老の眉間には深い皺が刻まれていた。

千歳は今自分が綱渡りの上にいることに気づいた。

ここから先は境界線の向こう側だ。踏み込めば後には戻れない。

だが、千歳は恐怖など微塵も感じていなかった。

もとより、財前がいなくなった時から、踏み込んでいた。

「案内してくれ」

 

 

 

「プロプラノールやったら症状が出るのに時間がかかる。

 やから犯人は睡眠薬を使ったとも考えられる。

 やけど、果たして。数十人が同じ感想を述べるなんてことが

 可能やろうか」

白石は銀に視線を向けた。

ここは商店街の奥にある古い図書館。

最新のライトノベルや雑誌などは一切なく

黄ばんだ蔵書やエッセイが雑に陳列されているだけであった。

「催眠術のようですな」

「そこや、そこがみそやねん。それで、この本や」

白石が手に持っているのは古い絵本だった。

「はぁ…『きみのはなし』?」

「内容は単純明快。なんでか身分が違う男女の恋の話や。

 どうやら昔ここらへんに住んでた人のメモを集めたたった一つの

 絵本らしい。」

白石は絵本を開けて数枚ページをめくると

あるところを読み始めた。

「『大層美しい二人だった。見ている私が恥ずかしく思えるほど。

 背格好は私と似たり寄ったりなのになぜ彼らは美しいのか。

 しかし奇妙なことがあった。私は彼らに見とれている間に

 床についているのだ。とてもあほらしい話だが、事実である。』」

銀がまさか、と苦笑いを零した。

「悪いけど俺はこの事件が人間の仕業やとは思ってへんで。」

白石は絵本を閉じると銀にきっぱりと告げた。

「人間にこんな芸当ができるはずがない。」

 

「儂は、人間の仕業やと思ってます。」

銀は細い目を開けて白石にそういった。

白石は薄く笑うと「そか、」と言った。

「トチ狂った殺人犯の仕業で間違いない」

「仲間を信じたいからか?」

「白石はんは意地悪でおられる。」

「俺も信じたいに違いで。

 

 明日、殺された女性の家にいってくる」

銀は慄いた。白石はちらりともこちらを見ずに

館内を後にした。