三浦ブログ

やばいぞやばいぞ

四天宝寺ホラーナイト6

今日も相も変わらず四天宝寺は狐に包まれたようだった。

被害は大阪まででとどまっているものの、

吸血鬼の活動範囲は日に日に広く、そして増加していった。

ついには小学校が長期の休暇をとり、事件の収拾がつかない

うちは自宅学習となったようだ。

この事態に一番焦っていたのは警察だった。

証拠の一切が掴めておらず、捜査は難航。

このまま被害が増える一方だと叩かれている。

 

「…ふぅ、俺の勝ちたい。じっちゃん」

周りで見ていた古老たちから感嘆の声が上がった。

「まいったね。君に一度でも勝てた試しがない」

「じっちゃんも腕を上げたな?いつもと違う相手と

 戦ってる気分だったばい」

言うね、と対戦相手の爺さんが口角を上げた。

それにつられるようにして千歳の口角も上がった。

「長老もええとこまでいった。千歳くんがおるなら

 この将棋クラブも安泰やなぁ!」

「川藤はんもよういいまっせ!なぁに、千歳君はこんなとこで

終わる器じゃないさ」

な?と白髪交じりの田中という男が千歳に話しかけた。

千歳は目をパチクリさせた。

「全国制覇目指しぃや?」

 

「田中はんそれええな!!」

「千歳君なら不可能やないわ~」

「たまげたたまげた!!」

「じっさま方簡単に言ってくれるたい…

 ま、それも悪かなか!」

千歳は少し伸びをしたあと、座布団からどき、観戦に移った。

すると長老が千歳くん、と手招きした。

 

「今日はまた、どうして学校を休んだんや?」

千歳は僅かに目を開いて長老の顔をまじましと見た。

長老は微笑むだけだった。

千歳は肩の力を抜くと「かなわんと…」と大げさに溜息を

ついた。

「最近、どうも行く気になれんたい。ばってん、

 あの事件さえなければ…」

「怪事件のことやな。…痛ましい限りや」

長老は少し遠くを見つめた。

池の鯉が跳ねた。

「千歳君は、あれを吸血鬼の仕業やと思うか」

鯉が悠々と池を泳いで行った。

「いや、」

後ろでコトッ、と静かに駒が置かれる音がした。

とどめを刺したのだろうか。何人かの足を崩す音が聞こえた。

「いつだって事件を起こすのは人間たい」

長老が静かに千歳の顔を見た。

その顔には迷いと焦りが見えた。

千歳には長老がその顔をする理由が皆目見当もつかなかったが、

千歳は黙って長老の顔を見つめることしかできなかった。

長老はどこか決意したような顔で立ち上がると千歳を散歩に誘った。

部屋の古老達がどこか戸惑いの表情をしているのを千歳は見逃さなかった。

 

池で鯉が跳ねた。

カコン、と竹が石にあたる音が聞こえ

透き通るような清流は池へと飲まれていった。

池にはゆらゆらと二人の姿が映る。

どちらも人の形をしていなくて水面に映るその姿は歪に見えた。

 

「すこし昔の話をしよう」

「じっ様の野球児時代の話か?」

「いーや、もっと昔さね」

 

約7百年前、ここは『間狩』という村であった。

人口およそ数百人。実に小規模の村だった。

村には神がいた。崇められる存在ではない。恐れられる神だった。

人々は神が恐ろしかった。

姿も見えぬ神が恐ろしくて仕方なかった。

ある日、村の青年が広場の中央で声高々に叫んだ。

「神などいない!ここにいるのは魔物だ!悪鬼だ!」

村の古老たちは彼を咎めた。

罰当たりが、祟られる、神様の怒りを買った、生かしておくべきか!

彼は間もなくして村の少し離れにある牢屋に監禁された。

当然の措置だった。村の古老たちは彼の行いのせいで天罰がくだると

地に頭を垂れて「お怒りをお沈めください」と念仏を唱えた。

だが。彼に神罰がくだることはなかった。

人々は考えを改め始めた。神などいない。あれは私たちが

何かの齟齬で作った蔓延した空気なのだと。それこそが悪鬼なのだと。

たちまち青年は英雄となった。村に笑顔が戻った。

しかし、青年は翌年、どういうことだか自殺した。

遺書さえも残さずに、自殺した。

おかしい。何があったのだ?まさか、今頃になって天罰がくだったと

いうのか。

そう思うのもそのはず、彼は、青年は今日の朝まで元気に違いなかった

のだから。

その翌日、青年の兄弟が全員池に浮かんでいた。

この事態に気が動転したのは肉親でも村の古老でもなく

英雄の信者であった。

誰も近づかない悪鬼が住むといわれる村の神域を土足で踏み荒らし、

悪鬼の像を叩き割った。

「悪鬼よ!この世から去れ!そして我らが英雄を再びこの世へ

生還させよ!!」

まるで青年が広場で高々に叫んだあの日のようだった。

あの日がそこにあった。

信者達は大粒の涙を流し、泣いた。

 

翌日像をかち割った信者の一人が、広場に逆さにつるされて死んでいた。

誰も言葉を発しなかった。木が崩れ、死体が地面に落ちると、

誰かが震え声で言った。

「祟りだ」

古老たちは即座に神域を犯した者を集めさせ、目隠しをし、

轡を口に咥えさせ、手足の自由を封じた。

 

向かったのは神域であった。

轡と目隠しを外された青年たちは眩しさに目を細めながら

目の前にあるものに仰天した。

「穴にはいれ」

青年たちは涙を浮かべ、首を横にふった。

突如、バランスを崩した青年が大声をあげながら穴へと落ちて行った。

それを火蓋に古老たちが青年たちをどんどん穴に落としていった。

穴に落とされ絶望やら諦めやら様々な表情を浮かべる仲間たちを

尻目に、一人の青年が穴の上に叫んだ。

「何故ですかじじ様!!何故俺らを殺す!?俺らの何が悪いっていうんだ!」

「貴様らの犯した罪は死でしか拭うことはできんわ」

「罪だと!?俺たちは我らが英雄の意思を受け継いだだけにすぎない!!」

「口を慎め!英雄など存在しない!あれこそが間違いだったのだ、

 あれこそが全ての元凶だったのだ!やはりあれは悪鬼なのではない…

 土地神よ!間狩神よ!!あの小賢しい童こそが悪鬼だったのよ!」

「我らが土地神の怒りを買ったとでも言うか愚かしい爺め!

 あれは邪心の塊よ、悪鬼よ!!あいつがいる限りここに平和など

 訪れやしない!!!」

「お前と話すことはもうない。怨むならあの英雄を怨むがよい。

 そしてお前達は土地神様の礎となりその存在は永遠のものとなるだろう」

「爺!!俺たちは…!!!!」

 

彼らは生き埋めとなり人柱となって神にささげる供物となった。

間狩神は確かなものとなってこの日君臨した。

その後、天罰がくだることはなく、村に平和がもたらされた。